不安をまき散らさないために
前回に引き続き、
怒りをコントロールすることについて。
子どもに怒ることについて悩むようになったのはここ数か月の話ですが、以前から自分の感情をもっと上手にコントロールできるようになりたいなとは思っていて。
怒ったり泣いたりするにしても、もっと苦しくないやり方があるんじゃないか、と思ったり。
このことに関する本や記事を読んだりして、ヒントを探ったりしていました。
そんな中、少し前に読んだ 田房永子さんのこちらのウェブ連載↓に書いてあった内容が非常に腑に落ちました。
この人のエッセイは面白くて以前から読んでいますが
一番有名な「母がしんどい」は正直あまり共感できず、読んでて気分が悪くなったのですが(それだけうちの親は過干渉ではなかったということですかね・・・)、
「キレる私をやめたい」はめちゃくちゃ共感しました。
私にも当てはまるなーと思うことが多く、キレるときのメカニズムについてもうまく説明してくれていて、私だけじゃないんだ!って心強く感じました。
そして最近、冒頭に紹介したのウェブ連載「いったん親のせいにしてみたら案外うまくいった」#7に出てくる”不安のまき散らし” という表現に、目から鱗。
そうか、私が怒ったり泣いたり
人に対して感情的になったりするのは、私自身の不安をまき散らしているからなんだと。
このことに納得が行ってから、
数年前に流行っているときに読んだ、アドラーの「嫌われる勇気」に書いてあったことがより深く理解できたと感じました。
子どものやることで困るのは私じゃないのに、勝手に困って、
そのかわいそうな私を理解して!と訴えるために感情を表にだしてたんだな、とか。
今までいろんな人に怒りをぶつけていたことを反省してますし
そういう未熟な態度をとっていた私に、周りの人たちは不満ももらさず、大人の対応で付き合ってくれていたんだなーということがわかって。
すごく感謝するとともに恥ずかしい&申し訳ない気分になりました。
以来、子供を強い口調で責めているときなどに、頭の片隅で
「あ、いま私、私の不安を娘にまき散らしているんだな」って気づくことができるようになってきました。
もう一人の自分が「それは私自身の問題だよ」とか「これ以上言わないようにしよう」とか言ってくれてるような感覚もあり。
怒らないということ=不安をまき散らさないということ
なのだとしたら、あらかじめ取り除ける不安は取り除いておく、自分で不安を解消する方法を模索する、といった対策ができるのでは?
というように、ちょっと建設的な対処の仕方がわかったような。
今後ちゃんと実践していきたいと思います。